子どもが学ぶ意味

 2016-12-05
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私は、大学院時代に脳の機能局在について学びました。

その学習を通して、人間の生存欲求の根幹に、成長の欲求があると確信しました。


成長なくして、子どもの生存はありえない、

成長を目指す方向感こそが、子どもの存在意義をより確かにしていく営みである、

つまり学ぶというプロセスが、子どもの生存の基本であり、学ばなくてもいいという考えは、子どもに生きる意味がないと言っているのと同じことである、

そう考えるようになりました。


私のマンツーマンレッスンを受けてくれている子どもたちは、自分の時間が来るの待ちきれずに、教室に走りこむように入ってくる子どもがとても多いのです。

今日の勉強はこれで終わりと伝えても、首を何回も横に振り、教室から帰ろうとしない子が、1日のうちに何人もいるのです。


学びの充実感、

指導者と心が心が通い合うこと、

そのことによって子どもは、自分の生きている証や、自分の生存にかかわる安心と心の安定感を培っているのです。


楽しい学びの中身、

それは人が生きる根幹に根差している、

だからこそ、子どもから学びを決して奪ってはいけない。


そのことを実証していくために、私は今日も、一つ一つの実践を、しっかりと積み上げていきたいのです。




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私が子どもを叱るとき

 2015-10-10
私のレッスンは、最適な支援や環境のもとに 「達成感やできる喜びを体感させる楽しい学習」 を目指して取り組んでいますから、基本子どもを叱るような場面は、あまりありません。

ですが先日、おちゃらけする子どもがいましたので、以下のような内容で、厳しく注意しました。


「楽しい勉強と、ぶざける勉強は全然違うもの」

「いい加減な勉強したって、何も生まれてはこない」

「そんな気持ちなんだったら、今日、お母さんに言ってあげるから、白ゆりはやめてお家で遊んだりすればいい」


「どんな勉強だって、一生懸命がんばることで、きっと何か大切なことが生まれてくる」

「そんな毎日を続けていくことで、いつの間にか、どんどんすばらしい子になって、色々な可能性が次々に開けていくんだ」

「ぐうたらやっておいてけぼりになるか、これから先生と一緒に、誰とも比べられない大切な自分を見つけていくのか、どっちにするか、今すぐここで決めなさい」


こうしかると、何も言わず、子どもは鉛筆を握りしめます。

子どもは、私の心の中にある真摯な思いを受け止めたかったのです。

あまりに厳しく真剣な物言いに、中には涙ぐむ子もいますが、その瞳にはまちがいなく輝きがよみがえっていきます。


みんな学びたいし,向上したいのです。

そのことを信じ、方向性を示し、具体的な内容を構成できないのであれば、一刻も早く教育者の看板は降ろし、別な道に進むべきだと私は考えています。


昨日来てくれた1年生の女の子は、なぞり書きのプリントを終えると、両手を高く上げて、やったーと満面の笑みを浮かべました。

この子は、毎回、どれだけの思いをもってここに来てくれていることでしょう。


それがどんな内容であれ、学びに真剣に向かわずして、子どもには何も生まれてこない、

そのことで子どもは、自己肯定の気持ちを培い、社会的な自立に向けてのアイデンティティーを確立していくのです。

その願いをかなえる営みにこそ、私は教育という名前をつけていきたいと願っているのです。






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自己肯定の気持ちは 他者とのかかわりによって培われる

 2015-09-27
SHINOBUさんは、仕事も順調に進んでいらっしゃるし、何もかもすてきなのに、どうしてご自身のことをいつもそんなに低くおっしゃるのか、いつも不思議でたまりません。

いつも通っている整体の先生は、時々私にそんなことを伝えてくださいます。


私は、組織のリーダーですし、たくさんの子どもたちとご家族の願いを背負って生きています、

そんな私が、いい加減な男であっては申し訳が立たないので、「白ゆりに来てよかった」 と心から言ってもらえるようにと、期待を裏切らないようにと、毎日精一杯踏ん張っているわけなのです。


整体の時間は、どうしても副交感神経モードになるので、「もう逃げだして、素の自分に戻りたい」 という自分の本音みたいものが、時々ぴょっこり首をもたげてくるのです。


たまの休日一人になると、その落ち込みようは尋常ではなくなります。

力のない私は、こんなポジションにいるべき人間ではないと、自己否定の嵐の中で、現実逃避を始めます。

私が、休日にも極力レッスンを入れるようにしている理由の一つがここにあるのです。


休日が終わり、一たび職場に入ると、自分でいうのも変ですが、とてつもない集中力で仕事を始めます、

私は組織の看板ですから、私を信じ支えてくれるスタッフの努力を裏切ることができないのです。


子どもやご家族と接するときは、愛情と使命感にあるれるあたたかい笑顔で、

外部の方と接するときは、責任感と決断力を体全体にみなぎらせて、

そして一人の時は、1分1秒を惜しんで、鬼の形相で次々に事務をこなしていきます。


私は、仕事に打ち込んでいるときの自分が一番好きだし、誇らしく思います、

そのことで、自分のアイデンティティーを何とか保つことができているのです。


自己肯定の気持ちは、他者に貢献できることにより培われていく、というのが私の信念であり、他者に貢献できる存在に育てることにより、子どもは幸せになるのだと考えています。


学びに真剣に取り組むことにより、子どもの自己肯定の気持ちは確実に上がっていきます。

単なる点数やランクのことではなく、子ども時代に何かに一生懸命取り組む体験をした子どもは、社会のデビューを迎えたときに、きっと自分自身が何かのことで誰かに貢献したいという、学びにかわる自分の役割や使命に気が付いていくはずです、


あなたには、あなたにしか出来ない大切な使命をもって、この世に生まれてきたんだよ、

私は、一つ一つのレッスンにそんな気持ちを込めて、これからもずっと取り組んでいきたいと思っているのです。







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わたしのかける魔法

 2014-11-21
私は、家内が園長をしている保育園の子どものレッスンを、取り出し支援という形で定期的に行っています。

現在は、年中さんの子2人と、年長さんの子1人が対象になっています。


どの子も、私のレッスンの時間が楽しみで仕方がないようです。

毎回、保育園の園庭に迎えにいくと、かけ足でで私の所にやってきて、私の手を引き全力疾走で個別支援の教室の階段を駆け上がっていくのです。

個別の時間になると、どうしてあんなに表情が変わるのか不思議で仕方がないと、保育所等訪問支援で入り込み支援をしている主任さんが、いつも首をかしげています。


子どもをこんな表情に変えていくためのポイントというものがいくつかあります。


一つは、学びという題材から軸足を動かさず、伸びてきた点をしっかりと評価してやること、

二つめは、子どもの気持ちや思いをくみ取り言語化してやると同時に、ノンバーバルで、心が通じ合っている感覚をたっぷりともたせること、

そして三つめは、バーチャルでもロールプレイであってもよいから、子どもの夢を具現化してやることです。


この3つが出来れば、必ず子どもの表情は見違えるように変わってきます、

これが、私の魔法の種明かし。


株は、安いときに買って、高いときに売ればいいのです。

でも、それが現実場面で、具体的に実行できている人は、きっとほんの一握りの人に過ぎません。


どんな理論や法則より、目の前の子どもの笑顔が私の宝物、

その手をぎゅっと握りしめたぬくもりにこそ、私は、何よりの誇りと喜びを感じているのです。








この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2014-11-22)




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メタ認知とセルフコントロール能力

 2014-05-21
教員時代にカウンセリングの研修に何度か行かせていただく機会がありました。

前頭葉で意識化され、言語や理念でコントロールされている社会的な存在として自分のほかに、感情・感覚といった無意識の自我との鮮烈な出会いがそこにありました。


自分の苦手なこと、あるいは自分の特性や障がいを正面から受け止め、それを受け入れるということは、容易なことではありません。

それを可能にする唯一無二の道こそが、学びや社会参加を通して、自分は他者から必要とされている意識をもたせるだと、私は考えています。

こうした肯定的な自己理解力を別の言葉で言い換えるとすると、「客観的に自分の存在を理解できる=メタ認知状態」 と呼ぶ事ができるのではないかとも考えています。


数年前ぎっくり腰になり、新大阪駅のプラットフォームで動けなくなり、その日のレッスンをすべてキャンセルした私、

それ以来、体のメンテナンスのため、毎週整体に通うようになりました。


昨日のことです、

「SHINOBUさん、首のゴリゴリが無くなっています」

「腰のはりも、肩甲骨の裏側も、別の人みたいに柔らかくなっています」

担当の先生が、目を丸くして私にそう伝えてくださいました。

この整体で、もう200回以上もお世話になりながら、こんなふうに言われたのは初めての出来事です。


レッスンの内容が充実することによって、私の心にも少し余裕が生まれてきた、

その余裕が、ふところの深さにつながり、理解と支援の幅をさらに広げていく、

メタ認知とセルフコントロールの力が、どうやら私にも少しずつ身につき始めたのかも知れない、

そういうことがずっとできなかった不器用な私をも変える、驚くべきその力・・


子どもの表情が輝き、笑い声の絶えないレッスン、

自分のなすことが、誰かの役に立てているかも知れない

心を満たすそのことが、私自身の存在を、根底から変え始めているのです。





この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2014-05-24)



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「楽しいレッスン」の中身

 2014-05-13
この土・日に、その日が初めてのレッスンという子とも出会いました。

↓ 早速、何人かのお母さんから、次のような内容のメールをいただきました。



今朝、息子が野菜を切るおもちゃを自分で出してきました。
この半年以上、そのおもちゃで遊ぶことはなかったのに、
みつけて出してきたのでびっくりしました。
先生とのレッスンが楽しく、印象に残っていたのだと思います





昨日のレッスンありがとうございました。
不安定な日が続いていたので、どうなることかと思っていましたが、先生のご配慮のおかげで、楽しいレッスンとなったようでした。
ハナマルをいただいたプリントは、おじいちゃんに自慢していました。
家でも紙に鉛筆で落書きをし、「お勉強してるねん」と楽しそうでした。
また次回のレッスンよろしくお願いします。





昨日は、本当にお世話になり、有り難うございました。

息子も、「おもしろかった~。優しい先生でよかった~」と
鼻を膨らませながら、言っていました。

子供の心やこれからの課題、親としての姿勢等おっしゃっていただき、
そして何よりも愛情がある温かいご指導に、感謝申し上げます。
本当に有り難うございました。

この時期に、先生にお会いできた事は、
息子にとって大きなターニングポイントだと思っています。

これからもどうぞよろしく御願い致します。





子どもに、心の芯から楽しいと思わせるのには、いくつかのポイントがあります。


一つは、子どもの心としっかりつながる生きたコミュニケーションをはかり、自己肯定の気持ちを高めること、

そしてもう一つは、子どもの小さな夢(自己実現の欲求)を、形として実現する支援を行うことです。


この2つが整えば、子どもは必ず「楽しい」と言います。


言葉にすれば、たったそれだけにこと

これが、私の支援の極意でもあります。


それを具体的な臨床現場で結果を出せるかどうかが、支援者の力量

私もまだまだ道半ば、未熟な駆け出し者の一人です。


もっともっと精度を高め、内容を充実していきたい、

見えていながらも、なかなか手の届かない頂が、すぐそこにあるのです。





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自己肯定の力は 人とのかかわりの中から培われる

 2011-08-29
例えばお店で、とってもステキな洋服を見つけたとします。

値札を見ると、思っていたよりもずいぶんと高額、

でも・・・

やっぱりこれは絶対欲しいと思い、奮発して買っちゃいました。

袖を通してみると、やっぱりイケてる!


そんな時、

「あら、すてきね。その服どこで買ったのの?」 と、仲良しの友達からのひと言!

本当にうれしいものです。


自分でも、当然これは似合っているとは思って買ったわけです。

でも、やっぱりこうしたひと言は、大切です。

他者からの評価が皆無で、自分だけでその価値を支えるほど、人間は強くないのです。


脳には、大脳辺縁系という部分があります。

食欲、性欲など、人が生物として生きていくための基本的な欲求をつかさどる部分です。

その大脳辺縁系は、同時に、集団での所属欲求をコントロールしているのです。

このことから私は、「人は、他者からの評価なしに、自分の価値を支えることができない」 と、解釈するようになりました。


私が、個別指導の担当者としてなすべき最も大切な役割、

それこそが、他者と比較しない、絶対的な尺度で、その子の価値を、生きている意味をしっかりと支えてやることだと信じるようになったのです。


「まっいいか、俺は俺だし、俺にもちょっとはいいとこあるかも?」 と、思えるようになることを、私は、「肯定的な自己理解の力」 と呼ぶことにしています。

その力を育てるために、私は、ライフワークとして、この仕事を生涯続けていきたいと願っています。


この頃、「子どもが、教室の近くのコンビニまで来ると、うれしくなって、ガッツポーズをとるのです」 とか、「教室に通う道中で、子どもの目印になっている電気店の前を通り過ぎと、とたんに表情が輝いてくるのです」 という話を、何度も聞くようになりました。


なぜ、そうなるか?

答えは一つ、

それは、あなたの命の輝きを誰よりも大切にし、それをちゃんと言葉や態度で伝えることのできる指導者と、そのことを実現する、個別指導という環境がここにあるからです。


肯定的に自分の存在をとらえることができるようになった子どもは、「自分に得意なことと、苦手なことがあるように、自分の友達でも、どんな人でも、得意なことと苦手なことがあるんだ」 という見方・考え方ができるようになってきます。

そして、「困っているときには、お互いに助け合おうよ」 というあたたかい気持ちが芽生え、人間関係がより豊かになっていくのです。

そのサイクルが、ますます肯定的な自己理解の力を高めていきます。


そのために必ず必要なもの、

それは、「その洋服、どこで買ったの? すごく似合う」 という、他者からの一言です。


子どもの自立には、支援が必要です。

長い長い人生の滑走路、

見事にテイクオフしたら、私の役目は終了です。

そしてまた、新しい滑走路に立ち向かい、次のステージへと進んでいくのです。

そのための支援者も必要です。


自立と支援、

支援があればこそ、人は自立に向かって歩むことが出来る、

それは、大人であっても、子どもであっても、同じことだと私は思っているのです。


息をはずませて、階段を駆け上るようにして教室に入ってくる子ども、

少しはにかみながらも、時おり天使のような笑顔を浮かべる子ども、

私は、あなたたちが大好きなのです。


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子どもの内発性を信じて育てる支援者の存在

 2011-04-20
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これまで私は、ずっと個人としての活動を基軸にしてきましたが、この4月から、お子様とご家族のために、組織として、スタッフと共に歩む道のりとなりました。

メールでそのことを皆様にお伝えした時に、何人かの方に 「もう、SHINOBU先生には、これまで通りのレッスンはしてもらえないのではないか?」 という不安を与えてしまいました。


そして、何人もの子どもから、「この先、中学に行っても、ずっとずっとSHINOBU先生と一緒に勉強したい」 という声が、届いてきました。

私としては、こんなにうれしい言葉はありません。



正直、今は、リーダーとして組織を立ち上げ、体がいくつあっても足らない状態です。

一日わずかでも、空いた時間があれば、本当にありがたく思えます。

でも、こうした言葉を耳にすると、どんなに忙しくても覚悟は決まります。

「一度もったら、一生担任」

その気持ちが失ってしまったら、たとえ他の何が整ったとしても、子どもの心に響くレッスンなんてできるわけがありません。


子どもですから、レッスン中に甘えたり、遊んだり、お試しをしたり、時には無理な要求をしたりすることもあります。

でも、私は、そういうときには、できるだけその子のわがままを聞いてやろうと思っています。


こうした子どもの願いを一つ一つ叶えていきながら、この教室には、理科の実験器具やパソコンソフト、工作や手芸の材料や機械など、ありとあらゆるものが揃ってきました。

まさに、子ども共に夢をかなえる城の形に近づいているような思いです。


私が掘り起こそうとしているのは、子どもの心の芯にある 「できるようになりたい」 「わかるようになりたい」 「勉強したい」 という内発的な学びの意欲なのです。

私はそう言う意味で子どもを信じているので、たとえ時に予想外の方向に進むことがあっても、必ず私の目指す方向に戻ってくると確信しているのです。

だからこそ、子どものわがままを、受け入れてやることができるのです。


5年生になった花子ちゃん、

「今日は、学校で習った 10倍 → 100倍 の小数の勉強を、先生と一緒にやりたい」と、言ってきました。

私は用意していた割り算のプリントを、そっとファイルに戻し、急いで教材を準備しました。

この単元の教材は、以前に他の子の勉強で開発したものがあるので、すぐざま対応ができました。

花子ちゃん、目を輝かせながら、うれしそうに一生懸命算数の勉強に取り組んでいます。

1年生時のことを思えば、こんな日が来たことがが夢のように思えます。


月に1度だけ通ってくれているダウン症の4年生の女の子、

今日からお母さんから離れて、SHINOBU先生と文字通りのマンツーマンレッスンとなりました。

ブロックを使っての数処理・数認知が見事にクリーンヒットして、それはそれは楽しい時間を過ごすことができました。

その笑顔が、目に焼き付いて離れなくなりました。

月に1度だからこそ、果たすことのできる役割が、そこにあるのです、


子どもを育てていくこと、特に小学校低学年までは、みんなと共に鍛えること、引っ張り上げること、そのアプローチが教育の王道です。

それがあればこそ、もう一方で、子どもの特性理解に基づき、内発的な学びの意欲をベースにした、個別のアプローチが生きてくるのです。


子どもが学びたいと思い続ける限り、私は、ずっとここにいて、子どもの笑顔を受け止める先生であり続けていたいのです。

何のために?

そのことをずっと、心に持ち続けていたいのです。



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エラーレス学習の積み上げによる 教育的効果

 2010-09-06
エラーレス (無誤) 学習は、私のレッスンの柱の一つです。


まずは、その子の今の最近接な学習の領域を題材として設定します。

最近接領域というのは、既習学習を利用すれば解決でき、子どもが 「おや?」 「面白そう~」 「やってみたい」 と思えるよう、その子の学習の経過・特性・興味や関心をひく学習内容のことです。


題材が決まったら、その子になったつもりで、その子目線で、自分で実際に問題を解いてみます。

その子と同じ温度で、問題を解くことができるか? 平素の特性理解の深さがここで問われます。

いくら精緻な検査データをいただいたとしても、こうしたリアルな学習場面で、具体的に生かされなければ、まさに絵に描いた餅となってしまいます。


この子の場合、きっとここでつまずくだろうな、と感じたら、事前にその手だて、つまりヒントを考えておきます。

このヒントは、ほぼ答えに近いもので構いません。ただ、子どもが自分で出来たという気持ちを失わせないような配慮と工夫が必要です。


今、岡山の小学校の3年生では、算数で、長さの勉強を始めた所も多いようです。

例えば、km  m cm の単位のイメージがわきにくいタイプの子がいたとします。

同時型の子には、1km 1m 1cm の長さを、一枚の紙に簡単なイラストを添えて強調したものをヒントカードとして用意しておきます。

また、継次型の子には、「kmは乗り物に乗るくらいの長さ」「mは、手を広げたよりも長い長さ」「cmはつくえの上ではかれるくらいの長さ」と、事前に紙に書いて準備しておくのです。


子どもの学びの展開を見つめながら、上手にこのヒントカードを利用していきます。

もちろん、自力で解決可能であれば、ヒントカードを必要としない場合もありますし、ポイントとなる場面で、ちょこっとだけ形を変えて生かすようなこともあります。

要は、子どもがつまずいたときに、少しだけ泳がせて、自分の力で川岸にたどりつかせるわけです。

そして、段階的にこうした厚い支援を除去し、自分の力で問題解決できるまで、指導を継続するのです。

下手でも、手足を動かしていれば、必ずゴールにたどり着くことができます。


恐ろしいのは、もうやめた、と泳ぐのを止めてしまうことです。

何らかの課題のあるお子さんの場合は、その子どものモチベーションこそが、最大のポイントになると、私は考えています。


このように達成感のある学びを学習の一部に組み込み、それを積み重ねていくことにより、大きな成長を遂げてきた子どもに、私はずっと寄り添ってきました。

すべての子がもっている学びの意欲を、育ちの願いをかなえてやりたい、それが私に与えられた責務であると考えているのです。


先日、ある女の子の指導で、大きな失敗をしてしまいました。

これまで快調に課題をこなしてきたので、調子に乗って、これまであまり取り組ませたことのない課題を、ぽーんと丸投げで提示してしまいました。


半分くらい支援つきでこなしていましたが、ついに途中で売り切れていまいました。

一所懸命がんばりたい、そうした思いが強い子でしたから、出来ないと言うことが受け入れにくいのです。


その日は、それ以後泣いてしまって、活動は一歩も前に進みませんでした。

何度も「すみません」を、繰り返すお母さん。

事前にお母さんは、「今日は、眠いし、体調が今一歩かも知れません」と伝えてくださっていたのに、完全に見立てが甘い私のミスです。


こういう時は、正直つらいですが、私が、謝ってすむことではありません。

料金を返せばいいということでもありません。

何としても、次回には、このことを生かすようにしなければ、そうでなければ、申し訳が立たないのです。

信頼して、私の所に来てくださっているのです。

それがプロとしての責務であるし、そうでなければ、プロとは言えないのです。



私は、「どうだ、できたぞ」とばかりに見せる、誇らしげな子どもの顔を見るのが大好きです。

そのこと自体が、私の苦心の労作の結果と知っているから、余計にうれしいのです。

やがて、成長した子ども、力を付けた子どもは、眼下に私を見下ろし、私の支援を必要としないときがやってきます。

私を踏み台にして、次のステージへと歩んでいくのです。


いつかは、私を必要としない子に。

だからこそ、巣立つまで、力を付けるまでに、手厚い支援が大切なのです。

育てるという営みは、こういうことだと思っているのです。


この子に私がしてやれること。

卒園までに、卒業までに、ぜひともこれだけの力を付けてやりたい。

だからこそ、1回1回のレッスンでの積み上げがが、何よりも大切なのです。
半歩でも、一歩でも、必ず前に踏み出さねばならないのです。


研究が深まるほど、技術が高まるほど、逆に内容はシンプルに見えます。

指導者は、力を付けるほど、スタイルは自然になり、特別でなくなります。

難解な理論や、目新しいテクニックではなく、子どもの今の姿をしっかりととらえ、さりげなく大切な部分に触れている。

本当は困難なことを、ナチュラルなスタンスで、ゆっくりとやさしくサポートできる。


横でニコニコ笑っている私。

子どもは、自分の足で歩み始める。

これが、本物です。



「勉強は楽しい。また来たい。」

その子どもの言葉こそが、私のレッスンの質をはかる唯一の評価の尺度なのです。



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子どもの今が見える才覚

 2010-05-04
私の所には、広島から通ってきてくれる子もいます。

昨年も、連休中にレッスンがありました。

かなり時間に余裕をもって出発していただいたのですが、高速道路の大渋滞に見まわれ、朝11時の予定の時間に岡山に到着することができませんでした。


今年は、どうかなと思って心配していましたが、11時前には、園庭の遊具で遊んでいる声が聞こえてきました。

「何時に出発されましたか?」

そうお尋ねすると、

「実は、朝の5時に出発しました」

というお返事が返ってきました。

ありがたくて、ありがたくて、本当に頭の下がる思いでいっぱいになりました。


広島から通ってくれている女の子は、インプットは得意ですが、アウトプットは苦手な子です。

文字も読めるし、理解言語も豊富、数量の同時的理解力もとてもすぐれています。

でも、会話や書字、プリント類となると、そのすばらしい能力を表現することがなかなかできません。

当然、検査等でも、この子が理解している内容より、ずっと下の数値が出てしまいます。


検査の数値は、何かの申請に使うだけなら、低い方が補助や支援の対象になります。

しかし、いくら補助や支援を受けられても、予想より低い数値が出た場合、親としては、我が子の能力を断定的に突きつけられているようにな気持ちになり、心理的なダメージを強く受ける場合も多いのではないでしょうか?

私は、何度も何度も、ご両親に、この子のもっているすばらしい理解の力について、ご説明をさせていただいてきましたが、早くそれを形としてお返ししたいと願っていました。


最初の頃のレッスンは、なかなか形になりませんでしたが、さすがに1年過ぎるとそれも形になってきました。

わかりやすいレッスンの構成をして、その枠組みを崩さない。

それを数回続けていくと、何度も説明しなくても、私の意図がこの子にはちゃんと伝わるようになりました。

私は指導者ですから、言語ではなく、学習の構成そのもので、この子とコミュニケートできるようになってきたのです。

つまり、場の構成がメインで、言語を補助刺激として使うようになってきたのです。

机の上に新しい教材を置いておくと、「次は、新しいアンパンマンのパズル!」と、この子から声をかけてくれるようになってきました。

これを続けているうちに、1年前はほとんどおうむ返しだった言葉のやりとりが、今ではかなり応答的になってくるから、不思議なものです。


この子の数量の同時性は、まちがいなく1級品です。

まだ就学前です。

この年齢なら3~4が同時的にぱっと分かればよいと思っていますが、この子の場合、8でも9でも、一瞬で読み取ります。

それが順序よく並んでいなくても。「これは7だね」 「これ9だね」 と瞬時に見分けるので、私が指で継次的に「1・2・3・4・・・」 と数えて確認をしています。

まず、間違えることはありません。

すごい才能です。


こういうことが、ずっとパソコンソフトでは出来ていましたが、プリントになると、なかなかうまく行きません。

あれやこれやと工夫はしてみました。

しかし、それはちゃんと認知しているはずなのに、何故かドットの 「・・・」 と、数字の 「3」 を線でつなぐことが出来ませんでした。


隔週で来てくださっています。

先週、その芽がちょこっと出かかったと思っていましたが、今回そういうことが、ちゃんと形になってきました。

鉛筆の動きが、全然違うのです。

ついに、私の意図が、この子に届いたのでしょうか?


これまで体の中に蓄えてきた理解のエネルギーが、いよいよデビューの時を迎えようとしています。

1年前と違う子が、今、私の目の前で、それはそれは楽しそうに90分間の学習活動を楽しんでいます。

このことががつながりさえすれば、きっとこの子は、もっともっと変身する、と私は思っています。

なんて魅力のある子どもでしょう。


どんな子の指導の時もそうですが、ここまで来るのは大変です。

以前は60分を過ぎると、集中力が切れて、もう帰りたがっているようすがみえみえでした。。

どうやって場をキープしようかと、あぶら汗が出たものでした。


やっと土台が一つできた。

朝の5時に出発して、広島から来てくださったご両親に、少しだけ恩返しをすることができました。

さあ、積み上げはこれからが本番です。


うまく行っているときは、私も子どもも楽しいものです。

そういう指導をずっと続けていられるよう、進化していかなくてはなりません。


子どもの今が見えれば、簡単ですが、なかなかどうしてそれがむずかしい。

その才覚に、もっともっと磨きをかけていかなくてはなりません。

真剣に子どもの今に向き合うこと、

その気持ちと情熱さえあれば、技術も方法もきっと見えてくる。

道はきっと、そこから拓けていくのだと思います。


いくら経験や知識があっても、既製品や決めつけでは、たかだか知れています。

子どもと共に、未来をつくる先生であり続けたい。

楽しい勉強は、きっとそんな気持ちからスタートするのだと思っています。


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かかわりの中から 自分が好きになれる気持ちを育てる

 2010-04-28
私の所に通ってくれている一人の男の子、

1年生の時から、私の所に通い始めて、今ではもう3年生になりました。


1年生の時から、体格も体力も図抜けていて、すごいパワーを示していました。

一見そんな風には見えませんが、内面はとてもデリケートで、何にしても恐がりの子どもです。


学校では、その有り余るパワーが爆発して、相手にケガをさせるようなことが何度かありました。

そんな中、まだ教室を初めて間もない頃でしたが、お父さんがその子を連れて私の所へご相談に見えられました。

隔週日曜日に、90分の指導をさせていただくことになりました。

今では、日曜日は10人近くの子の指導をさせていただいていますが、当時はまだ日曜日に指導を行っていませんでした。


当初は、90分のうちの学習時間は、ほんのわずかでした。

学習に自信がもてず、何をするのにも抵抗感がありました。

ですが、今では90分の指導時間、すべての時間を計画していた学習に費やすことができます。

算数にも、国語にも、一生懸命取り組んでくれます。

1年生の頃を考えると、夢のようです。


「ここへ来始めてから、この子は変わった」

お父さんは、いつもそう伝えてくださいます。

あの頃は、学校からの電話が鳴るのがとても怖かった、誰かにケガでもさせたのではないかと、心穏やかに暮らすことが出来にくかった、

そんな風にも、おっしゃいます。


この子が、ある日、竹とんぼのようなおもちゃを家に持って帰りたいと言い始めました。

私の教室には、子どもにとって魅力的な玩具がたくさんありますが、それを家に持ち帰らせることはできません。

「じゃあ、次に来るときは、ちゃんと返してくれるかい?」

そう伝えると、その子は、うんとしっかりうなずきました。


2週間後、勢いよく扉を開けたそのこは、何も言わず、黙ってすぐにそのおもちゃを私の前に差し出しました。

私がにっこり笑ってそのおもちゃを受け取った瞬間、私はこの子との間に、細いけれど大切な絆がしっかりと結ばれていくのを感じることができました。


私は、この子が自分の魅力に気がつき、ありのままの自分を素直に受け入れることだけを考えて指導を行いました。

そのことを伝えるためには、勉強が不可欠だと考えました。

あれほど抵抗感のあった引き算も出来るようになりました。

少しずつではありあますが、文字もていねいに書くことができるようになってきました。

そのことを、誰よりも喜んでいるのは、この子自身なのです。


自分の苦手なことも受け入れて、自分が好きになれる感覚、

私は、そのことを肯定的な自己理解と呼んでいます。


この気持ちが育つと、まちがいなく、友達対するやさしい気持ちが芽生えてきます。

心痛めている友人に、やさしく寄り添う自分に気がついたりします。

そして、心通う友達とのかかわりを通して、自分自身の大切さやねうちを確かめていくのです。

そんな子は、もう自分を守るために他の子を攻撃したりする必要が、なくなっていくわけです。


私は、保護者の信託を受けたマンツーマンの個別指導という本当に恵まれた教育環境をいただいています。

公的な扶助のありませんので、料金は、決してお安くありません。

そんな中、90分の指導の半分以上が勉強にならなかったあの頃、あたたかいご理解をいただいたご家族の皆さんに、よく辛抱してくださったと、感謝せずにはいられません。


本当は勉強したいのに、みんなと比べると自分ができないから、やりたくない。

私の教室には、そういう子がたくさんいます。

競争原理の負の遺産です。


英語が話せるようになりたとあれ程あごがれていた子が、テストの点数が低くてやる気をなくしてしまう・・

テストなんか出来なくたって、ネイティブの人は、みんな英語が話せます。


テストで人と比べなくったって、ちゃんと学びを積み上げていく楽しさを実感させることで、子どものモチベーションは上がります。

みんな何かを学びたいし、出来るようになりたいのです。

そのことを、実践を通して広く世に示していくことが、こうしたすばらしい子どもたちの出会いをさせていただいている私のつとめであると思っています。



今回、ご縁がありまして、「星の子ステーション」様の主催により、名古屋で講演会をさせていただきことになりました。(ご案内は下記の通り)

さまざまな子どもたちとのエピソードを通して、皆様に、何か一つでも大切なことを感じとっていただければと願っています。

機会がありましたら、ぜひご参加ください。

どうぞよろしくお願いします。


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子どもの自尊感情とやる気を どうやって育てるか

 2010-04-22
昨日、ある5年生の男の子とお母さんが、ご相談に来られました。

少し、はにかみかげんの男の子と、これまで真剣にそのお子さんの育ちに向き合ってこられた、そんなお母さんでした。

「これから、先生と一緒に勉強するかい?」 と尋ねると、その子は首を横に振りましたので、私は先にお母さんのお話を伺うことにしました。

凛とした感じのお母さんでしたが、お話を伺っていると、途中こらえきれなくなって、大粒の涙をはらはらと落とされる場面もありました。


しばらく、お母さんとの話を続けていると、突然、その男の子が、「勉強したい」 と言い始めました。

私は、待ってましたとばかりに、すぐにその子を席につかせ、お母さんにはその斜めうしろから、勉強の様子をご覧いただきました。

この子に合った勉強の仕方を教えてほしい、ということでしたので、私はいくつかのプリントを用意して、認知特性が継次処理優位か、同時処理優位かを探ってみました。

認知処理様式には、大きな偏りはないように思われました。

主に特性理解を目的とした学習でしたが、つまずいた時の支援を事前に想定するエラーレス学習のスタイルを取っていました。

どうやら、このスモールステップのエラーレス学習が、この子にはえらく合っているようでした。

「先生と勉強して、楽しかった」

そう言って、その子は帰っていきました。


今日、3年生の女の子の読解指導をしていた時のことです。

この子は、入力は同時処理優位タイプなので、逐次読みになりやすい子で、読解プリント1枚するのも一苦労でした。

しかし、聴覚性の言語理解力は豊かなので、私が感情を込めて範読したあとに、その子に音読をさせ、内容については細かく区切って、視覚的に統合する読み指導を続けてみました。

この日も絶好調なので、半分冗談で、「今日5枚、やってみるか」 と言うと、「うん」と大きくうなずきます。

少し前までは、1枚するのにも涙が出ていた子です。

え~い、ダメでもともとという覚悟でやらせてみると、本当に5枚やってしまいました。

ダウン症の女の子、90分の指導ですが、90分終わってお母さんが入ってくると、「お母さん、いつもより早いじゃない」 と、言います。

読解プリントを5枚もやったおかげで、全部のプログラムが90分過ぎても終わらないのです。

この子にしてみれば、全部の課題が済んでいない時点でお母さんがやってきたので、予定時間より早く来たと勘違いしてしまったわけです。

それにしても、90分よく集中力が続いたものです。

入級したてのころは、半分くらいの時間は、折り紙や工作をしていましたが、今はそれより勉強がしたいと、この子も言います。


もちろん、どちらのケースも、私の支援があればこそできる事であって、とてもその支援をフェードアウトしたり、状況が変わっても力が出せるほど学力が定着しているわけではありません。

しかし、うさぎとカメではありませんが、一歩一歩前に進んでいると、必ずゴールには到達できるのです。

本当に大切な学習だけに焦点を当て、一歩一歩踏みしめていけば、いつかきっと目指す頂に到達できると、私は信じて日々の学習を積み上げているのです。

そのことが、この2人の子どもには、心地よく感じたのではないでしょうか?


やる気も、自尊心も、言葉だけではなく、こうしたかかわりのなかから育つものです。

それには、価値あるものに向っているという手応えが、どうしても必要となってきます。

これは、大人でも同じことです。


相談が終わった後、5年生の子のお母さんから、下記のようなメールをいただきました。







今日はありがとうございました。

ずっと迷ってましたが今日行ってよかったと思います。

片道2時間弱の新幹線の旅も息子とプチデートみたいでしたし、弟がいるので今日みたいな二人の時間も貴重で一石二鳥だったかと思いました^^

息子を指導している先生のやり方に関心しましたし見習ってガミガミママにならないように努力しなきゃです。

ちゃんといい子に育ってるじゃないですか^^的なことをおっしゃっていただき本当にほっとしました。

自信がなかったので・・・近くに先生みたいな方がいたらなとすごく思いました。子供はもちろん親まで成長&安心するかと思います。

もっと近くにだったら週1通いたいところですがそうも行かないので近いうちにまた息子を指導していただきたいと思っています。

またメールでも相談させていただきたいと思いますのでよろしくお願いします。








私は、この子は、人から好かれる子だと、直感的に思いました。

社会の中で、十分に貢献出来る子だし、そのことでこの子は自分の存在や意味を確かめ、幸せに暮らしていくに違いない。

ぜひとも、そういう子になるように、ずっとずっと応援していかなければならないと思いました。

そして、こういう心豊かな子に育てて来られたご家族も、ずっと応援していきたいと思いました。


人は、自分のことは、自分自身で支えきれないようにできているのです。

大脳辺縁系といって、生命をつかさどるような大切な脳の部位に、集団の中で生きるエキスが凝縮されているのです。

誰かに支えられてこそ、人は自分の大切さを確かめられるのです。


あなたがどんなにステキな子どもか?

それを私は、一緒に登った山の頂から、一緒に見つめてみたいと思っているのです。

毎日毎日一歩ずつ、

日々の大切な時間をいただいているわけですから、ちゃんとした山に登りたい。

そこに目指す大切なものがあれば、学びも、子育ても、決して苦しいものではないのです。



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子どもの自己決定を支えるもの

 2010-03-30
昨日、京都に行ってきました。

二条城のすぐ近くの、あるアート工房を訪問させていただきました。

今、この工房の一角をお借りして、京都での教室を開かせていただこうと考えています。

京都にお住まいの皆様のお力をいただいています。

ぜひ、そのご期待に添えるような形ができればと、強く願っているところです。


京都から、その足で大阪堺市に向かいました。

京都は、その夜みぞれ混じりの雪が降ったと聞いていますが、今朝の大阪は快晴です。

桜もちらほらと花を開いているようでした。

堺市の桜を見るのは、これで二回目です。


思えば昨年、この堺市の満開の桜の下で、9名の子どもたちの定期指導をさせていただくようになって1年が過ぎたわけです。

9名の子どもたちの多くは、就学前のダウン症の子どもたちです。

思えば指導を始めた頃は、部屋の中を走り回っている子もいましたが、今では離籍をする子は一人もいなくなりました。


もちろん、私一人の力なんて本当に微々たるものです。

ですが、こうしてご家族の皆様といっしょに、お子さんの育ちの喜びを共有できることに、私は、大きな誇りと満足感をもっているのです。


今では、月に2回、堺市を訪問させていただいています。

岡山から、堺市に向かうことは、私の生活の中では日常となってしまいました。

大きな荷物をもって移動することも、何の苦にも思いませんし、マイナスな気持ちで伺うことが全くないのです。


私の指導では、可能な限り、子どもに選ばせたり決めさせたりするようにしています。

2つのうちどっちがいい? と選ばせるだけで、学びは結構主体的になります。飛行機の機内で、fish とmeat 選べるだけで、うれしいものしょ。 fish only ばかりでは、味気ないですよね。 このレベルの決定は、英語ではchoiceと言ったりします。

来週からの国語を、漢字中心にするか、読解中心にするか、子どもと一緒に考えたりすることもあります。こうした経過で決めるとなると、これはもうこのレベルで decision となっています。 それだけでかなりモチベーションが高くなります。

さらに、自分のこれまでの歩みを振り返り、状況を冷静に分析し、目指す方向や価値を見つめ、自分の果たす役割と責任を自覚し、よしがんばってみようと決意したり決定したりすることを、英語ではdetermination と言います。


私は、子どもの指導と同じくらい保護者支援を大切に考えています。

保護者支援のキモは、保護者に成り代わって何かを代行することではなく、この determination にかかわる支援を行うだと私は考えています。

この determination の力は、決して侮ることができません。

たとえどんなにハードであっても、今、私が自分の活動に情熱を燃やし続けることが出来るのは、誰から指図されたのでもなく、すべて自分自身で determinate したからに他なりません。


この日の指導の最後は、ある2年生の男の子。 パソコンで1年生から6年生までの書き順、すべてクリアしてしましました。

「先生、たのむから、もう10分延長してください」

そう言って、今度は3年生の算数に挑戦していました。 お母さんも私も顔を見合わせ苦笑いです。

もちろん、私がやれと強制したわけではありません。 タイマーを10分セットして、やっとこの日の指導を終了することができました。


かく言う私も、地下鉄御堂筋線で、このブログの記事を夢中で書いていて、新大阪を3つも過ぎた駅で、やっと自分が乗り過ごしたことに気がついたのです。(笑)

人は、心で動いているのです。

その心を大切にした指導を見つめることは、計り知れない大きなエネルギーを生み出すことにつながると私は信じています。


この記事は、新幹線の中、相生を過ぎたところでやっと書き終わりました。

夢中で記事を書き続けられること、私はそのことをとても幸せに感じています。

今日も、すばらしい1日を過ごすことが出来ました。

私の1日の仕事は、これで終了です。

子どもたちとご家族の皆様には感謝しています。

やらされていて、決してこんな仕事はできません。

私は、幸せです。


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「ほめる」 で子どもはどのように変わるか? (2年生男子の実践事例より)

 2010-02-08
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最近、好調な男の子の実践事例です。

その子は、昨年の夏頃は、今と比べるととても不安定な状態でした。

個別指導の場面でも、ふざけたり、挑発的なマイナス行動の連発で、私に叱られ涙を流して帰る日もありました。

特に、漢字の書字が大の苦手でした。 2年生ですが、1年生の漢字にもかなり苦労しているようでした。


この子の書字面の課題について向き合っていくうちに、私は、いくつかの点に気がついていきました。

① 入力 (視覚認知) → ② 処理 (継次処理) → ③ アウトプット (運動書字機能)

と、いう3つの観点から考えた場合、それぞれの部分で細かい課題点が見えてきましたが、最も苦手な部分は、③の部分であるような気がしました。

そのアウトプットの部分も、書字機能のテクニカルな部分だけでなく、集中力の持続性といった態度的な面、メンタル的な要素も深くかかわっているように思えました。


行動が不安定な子どもの指導の大きな柱は、とにかく 「ほめる」 が鉄則です。

特に、個別指導の最大の武器は、「他のことを気にせず、おもいきりほめる」 ですから、これを使わないテはないと思いました。


この子、処理は継次的だけど、視覚認知はある程度イケていることは、算数のお買い物ゲームの場面で、何度も感じていました。

また、聴覚性の言語もとても豊かなです。


なので、「 線という字はね、糸へんに、白い水だよ。 だって運動場に白い線を水で引くじゃない 」 とか、 「 歩くと言う字は、止 と 少、 つまり、少し止まるって覚えたら簡単だね 」 とか、そういう支援がとても効果的でした。


アウトプットの鍛えは、「とにかくスケート靴を履かせて、リンクに立たせる」 という方略でした。

「もうできん」 「したくない」 と投げ出させるのではなく、「ごめん、ちょっとあれ取ってきてくれる?」と頼んで、スケート靴を履いたまま、用事を頼むような感覚です。

集中力の課題のある子には、お使いやお願いを一番に引き受けてくれるタイプが多いのですが、この子も調子に乗せると、ガンガンやってくれます。

そこが課題でもあるし、長所でもあるのです。


子どもの場合、毎日スケート靴を履いてリンクに立ったら、きっと大人より上達はうんと早いのではないでしょうか? 運動野付近の脳の可塑性も、大人よりうんと高いはずです。

早期の、質の高い教育の重要性は、こんなところにもあります。


ほめる → やる気 → 成果が見える → ほめる → やる気 → 成果

こうしたサイクルが、こうしたタイプの子には、極めて有効です。


指導が終わった後、私はご家族の皆さんにその日の指導の内容についてのお知らせをします。

この日は、いつも以上にこの子の育ちについて、熱くお母さんに報告をさせていただきました。

その時この子は、チョロQのコースを作って遊んでいたのですが、私たちの会話をきっと、耳をダンボにして聞いていたはずです。

連絡が終わり、さて帰ろうかという段になり、面白い出来事が起こりました。

いつもは、片付けることが大の苦手だったその子が、何とそのレールを1本ずつていねいにそろえて、箱にしまい始めるではありませんか? (↓ 下の画像)


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これには、お母さんも私もびっくりしてしまいました。

「なんか知らんけど、家じゃする気にならんけど、ここではきちんと片付けたくなってしもうた~」

とは、彼の弁・・


いつもなら、片づけろと言っても、ぐちゃぐちゃに投げ出して帰るような彼でした。

この気持ちがあれば、漢字がきれいに書けるのも、うなずけます。


私とお母さんは、顔を見合わせて、ただただ苦笑いするしかありませんでした。



2年生の漢字プリントをさせながら、行く先に希望の光が見え始めたのは確かです。

たとえどんなに遠い道でも、向かう先が見えれば、さほど苦労は感じないものです。

今日はまさに、この子の漢字記念日になったような気がします。


マイナス行動連発で、涙を流しながら教室を出て行ったあの日。

私は、あの1日こそが最も大切な日であって、あの日こそがスタートの日であったと思うのです。

出来ないことで、子どもの気持ちを痛めなくて、本当に良かったと思います。


苦労した分だけ、つながりは深くなります。

苦労の度合いが大きければ大きいほど、その子が大好きになってしまいます。

大切なのは、うまく行っている日の営みではなく、厳しい場面、その日・その時。

その時の心・思い・熱意・愛情・努力・決意を、きちんと形として子どもの前に示すこと。

その品質が子どもを変える。


この子、次回はどんな表情で教室にやってくるのでしょうか?

決して一筋縄でいかないことも、よくわかっています。

だからこそ、ドラマがあり、生きている実感を感じることができるのです。


また一つ、大切なことを、この子から教えてもらったような気がします。


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長所活用型アプローチを個別指導計画に生かす

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先週、かれんちゃんは、パソコンを使ってパズルのお勉強をしました。

以前はパズルが苦手だったのですが、理解言語が増え、図柄の認知力が向上してきたこともあって、今は結構食いついてくれるようになってきました。

パソコンのパズルの場合は、マウスを2つくっつけておけば上手に支援してやることができ、失敗ししてもあまりダメージが残らないのが、よい所です。

また、音や光が、脳に強い快刺激を与えるので、使いようによっては、大きな教育的な効果を得ることもできます。


来年、小学生になるある男の子。

この子の言語処理能力には、目を見はるものがあります。

まだ、就学前なのに、大きなかぶの読解プリントがスラスラと出来ます。

文章を読むのは、大の得意で、私でさえほれぼれするほどです。


認知処理様式は、継次処理優位の子です。

なので、パズル系は、かなり苦手なタイプです。


同時処理タイプの子にパズルをやらせると、手に取ったピースを次々にその場所にスパッとはめていきます。

形として処理している場合が多いので、ピースが右や左や上や下や、てんでバラバラにはまっていきます。

頭の中に、形の枠がイメージできているようです。


この男の子は、継次処理タイプなので、そういうことは苦手です。

あれだけ文章問題が得意なのに、そもそもパズル自体が苦手なのです。


ですが、そのベースとなるパワーが大きいので、この子はこの子なりの攻略法でパズルを征服していきます。

例えば、電車のパズルをしたときには、700系のぞみは背景がみどり色だから、まず、みどり色のピースを集めよう。

文字の書いているピースはつながりやすいから、先につなげておこう。

500系のぞみは、赤いラインが入っているから、それを手がかりにしてみよう・・


いやはや恐れ入りました。

以前は、パズルと言えば、あんなに苦労をしていたのに、何回か練習をしているうちに、自分なりに持っている力をうまく利用して、あっという間にできるようになっているではありませんか?

それに、私がすっかりと忘れたようなことでも、「前、先生がそう教えてくれたじゃない」 と、しっかりと覚えているのです。

おまけに、何回かトライを続けていくうちに、以前苦手ではありながら、「ここはまっすぐだから、端っこのピース」 ということも見えてきました。


子どもの認知特性を見抜き、その子の得意なことから、小さなステップと厚い支援を施しなら、だんだんと高いところへ、自分の足で進めるようにしていくこと。

モチベーションをキープしていくことにより、子どものもっている大きな可塑性や代償性を引き出す。

これぞ、長所活用型アプローチの、極意です。

パズルだけでなく、すべての学習において通ずる、とても大切なアプローチなのです。


先日の記事で、プレスクールのIEPについて少し紹介しましたが、このIEPは、これまで私が見た中では、最高レベルの個別指導計画でした。

外国のものだから、数値的なものばかりだと思っていましたが、そうではなくて、質的内容的な子どもの特性とアプローチが、文章で的確に表現されていました。


集団の中で培っていくもの、集団でしか育たない大切なこと、効果的なこと・・

子どもの学びの軸足は、ここにしっかりと置くべきであると、私は思います。


だからこそ、特性に応じた個別指導のアプローチが生きるのです。

子どもの今に、何が必要か?

そこが見えてこそ、血の通った生きた個別の計画が出来ていくのだと思います。


そのためには、縦軸で子どもを見つめてきた保護者の参画は不可欠です。

私は、日本の教育文化に根ざした、形式的でない、血の通った個別の教育計画が大切であると思っています。

形式や枠組みも大切な要素となりますが、作業を通して子どもの向かう先がイメージとして見えてくることの方が、その何倍もすてきなことだと思います。

計画自体は、大切な手段であっても、目的そのものではありませんから。



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ノンバーバルな子ども理解の感度を上げる

 2009-06-15
私の教室には、あまり言語コミュニケートが得意でない子が何人かいます。

学習の主体者は、指導者ではなく子どもです。

目標として、言語コミュニケーションの力を育てていくことはとても大切なことですが、指導の内容は、実態に合わない言語コミュニケートだけで構成するのではなく、子どもに寄り添った形で構成することが大切だと考えています。

とかく私は言語にたよりがちな傾向がありますから、そうした子どもと向き合うときには、ノンバーバルな理解の感度・受容感度を実態に合わせて上げることが、指導者として最低限必要なことだと考えています。


昨日の事です。養護学校小学部に通うある男の子が、やってきました。

言語によるコミュニケーションは苦手ですが、だんだんと心が通じあってきており、このごろは着席してひらがなの学習に喜んで取り組むようになってきました。

以前のように、教室をウロウロしたり、指導用のパソコンやシュレッターにさわることもなくなってきました。絵本も読むようになってきました。

しかし、昨日はいつもとちょっと感じが違います。

シュレッターにはさわりませんが、離席して教室を何度もウロウロとし始めました。

今日は、体調が悪いのかなあ、正直私はそう思っていました。


しかし、事実は予想と違っていました。

彼は、先週の最後に取り組んだ、「ひらがなボード」 の学習がやりたかったです。


私の教室にご両親が相談にみえられたときに、「以前は学習に楽しく取り組んでいたのに、最近はそのやる気がみられなくなってきた・・」 と、伝えてくださったことがあります。

私、この子、学習で心が痛んでいると、勝手に決めつけていたところがあります。

でも、やっぱり、わかるように、できるようになりたいんですね。


「ひらがなボード」 については、前回の指導記録の最後の方に、ちょこんとメモをしていただけです。

先週、彼はは絶好調だったので、いろいろな学習に取り組みました。

なので 「ひながなボード」 は、私にとってはその一つに過ぎませんでした。

しかし、彼にとっては、とっても楽しかった学習であったに違いありません。

きっと先週から、今日のこの日が来るまで、ここに来たら 「ひらがなボードをやろう」 と、心に決めて、楽しみにしていたに違いありません。

「ひらがなボード」 を提示すると、それはそれは生き生きとした学習時間を共に過ごすことができたのでした。 もちろん、それ以降、離籍は一度もありませんでした。

もしこの日私がぼんやりとして 「ひらがなボード」 を提示することが出来なかったら、彼は最後まで不適応な時間を過ごすことになっていたことでしょう。

この不適応の原因は、彼であるはずはありません。 当然ながら、その感度の低い指導者の私にあるわけです。



以前、薬のパッケージで学習をしていた小1の女の子。

最初にこの教室に来たときに、机のうえに寝そべって大騒ぎをしたあの子です。


昨日の指導では、1度の離籍もないばかりか、45分間集中して、ひらがなやパズルや書字の勉強を次々とこなしていきます。

今では、背筋を伸ばして、木製のいすに正座して学習しています (笑)

当初は大変だと思っていた子が、今ではとても教えやすい子。

私にしてみれば、可愛くて可愛くてたまりません。

これも、お母さんとの助言や連携があればこそです。

でなけりゃ、今でも薬カード学習のままで停滞していた可能性があります。


先日、巡回相談に行った保育園の先生からいただいたメールに、次のような一節がありました。

> 自分のレールに乗せるのではなく、子どもの実態に合った活動を取り入れるっていうことを今年度特に深めていきたいと思いました。

> 勉強不足、経験不足で子ども達には申し訳ないことをしているといつも思ってしまいますが・・・先生に何度も励まされ、迷い崩れかけてた心と保育への信念を取り戻すことができました。

> どうか本当にこれからもずっと応援してください。


ある支援学級の先生からは、そのお母さんを通して、「子どものことで指導の参考になることがあったら、ぜひ教えて欲しい。先生の専門的なアドバイスをぜひいただきたい。」 そう、お申し出いただきました。

すばらしい教育実践をおもちのベテランの先生です。


子どもに向き合うというのは、こういう事なんだなと、改めて教えていただいたような気がします。

何かにあぐらをかいていたのでは、子どもと心は通じない。

自分の心がまっさらでなくして、どうして子どもの願いが見えてくるでしょうか?


苦しんで通じ合った子ほど、その心のつながりは深く、そして強い。

子どもの心の中には、きっとダイヤモンドがあるはずです。


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「きっとすべてが美しい」 ご家族の子どもに対するプレゼント  

 2009-05-19
2月から、うちの教室に通ってくれるようになった3歳の男の子

このごろ、45分間、一度の離席もなく、パズル・カード・作業課題・書字・数対応・パソコンなど、予定のメニューを次々にこなしてくれます。

にっこり笑顔で、いつもいろいろなことを話してくれます。 とても楽しい時間です。 活動が終了したら、ボールをもって、芝生広場で遊ぶことも、楽しみにしてくれています。

連続して、安定した活動ができるようになったので、やっと枠組みができ、パイプがつながった感じです。

ご両親にそのことをお伝えすると、「信じられない」 と、とても驚かれていました。


最初のころは、電車ゲームをするのが精一杯でした。

お母さんと離れることができなくて、玄関でしばらく泣いていたこともありました。

ある日、机のうえによじ登るので、そのことをきびしく注意すると、泣き始めて、その後の活動ができなくなることもありました。


しかし一方で、私はこの子の優れた能力に魅力を感じ始めていました。

ご家族の方から、発達検査結果のコピーをいただいていますが、こんな数値の子じゃないはずだと、自分で勝手に判断をしてしまいました。 

絶対にもっとできるはずだと信じていますので、その数値より、うんと高い課題を彼には提示するようになりました。

まだ4歳になっていないのに、清音なら、すらすらとひらがなカードを読んでいきます。

この時の、うれしそうな彼の横顔、指導に充実感と活気が生まれます。

電車ゲームをしているときよりも、よっぽどいい顔です。 

ピグマリオン効果もあるのでしょう。

私もうれしくなって、本気で何回も何回もほめるので、本人にやる気が起こらないわけがありません。

当然、態度も、安定してきます。

信頼関係も生まれます。


彼の場合は、こうした課題を達成していく方向感によって、やりとりや応答関係の必要感が生まれました。

そして、その部分をていねいに構成していくことによって、コミュニケーションのスキルも少しずつではありますが、向上しているような気がします。

これは、彼の場合に限らず、個別指導ならではのキモの部分ではないかと思っています。


4月から通ってくれるようになったダウン症の4年生の男の子

最初の頃は、着席すらしてくれませんでした。

指導用のパソコンのキーボードやシュレッターばかりを気にしていました。

でも、感覚系の課題から、少しずつ着席してくれる時間が長くなり、心がつながってきました。

横にすわって、自然に手をにぎってくれるときもあります。

そして、前回、ついに絵本を読んでくれるようになりました。

その表情は、最初のころのとんぎった三角な目ではなくて、とてもおたやかなやさしい瞳です。

私は、絵本を読んでくれている彼の姿を見たとき、思わず涙がこぼれ落ちそうになりました。


 「ここに来るのを、ずっと楽しみにしているようです」


お父さんの、その言葉を支えにして、これまでずっとかかわってきました。



> どんな子も、それぞれの道を通ってここまで来たんだ。

> まずは、そのことをきちんと受け止めよう。

> こちらの都合でなく、子どものストーリーに寄り添ってみよう。

> そして、その子の中にある成長の願いを信じて、少しずつかも知れないけど、それを掘り起こしていこう。

> 不適応行動は、その願いの裏返しであると、信じてみよう。

> そして、「君の可能性を信じているよ」 のメッセージを、言葉と態度とまなざしと、そして活動の場、学びの場の構成といった具体的な形で、ずっとずっと君に送り続けよう。 

> 君の心にそれがしっかりと届いた時に、必ず君は自分の足で歩み始めるはず。

> それが、君のご家族が、先生に託した君へのプレゼント。


> 先生は、不器用だから、そんなことしかすることができない。

> 学びとは、人間が本来もちあわせている、主体的な営みのこと。

> 決してさせられるものでは、ないはずだよね。



この記事を書いている途中に、あるお母さんから、こんなステキな詩をメールで教えていただきました。


「 早く咲いても 遅く咲いても 同じ花には変わりなく きっとすべてが美しい 」


私は、ご縁があってこうしたご家族のみなさんと出会えたことをとても幸せに思っています。

ご家族の願いを背中に感じながら、そして、子どもが満足してくれるような教材の準備を行いながら、私は今日も、この教室に来てくれる子どものことを、楽しみにして待ってるのです。



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子どもの内面を支えることが 学びと育ちの原点となる (たくや君とのすてきな出会いから)

 2008-11-16
昨日から、たくや君(小3・男子)の指導をすることになりました。

お母さんといっしょに一緒に教室に入ってきたたくや君は、シャイで礼儀正しい、とってもナイスな少年でした。

少しデリケートな面があるのでしょうか? 事前のお母さんとの相談では、これまでに自信を失いかけ、学校に行きづらい時もあったように聞いています。

でも今は元気になり、毎日元気に学校に通っています。


お母さんからいただいていた情報をもとに、1回目のメニューを構成しました。

先生のお話、すごろくゲーム、漢字の書き取り、じゃんけん数え棒ゲーム、数認知や計算のプリント、物語文の音読、パソコン学習(社会・昔の道具)、絵カード合わせ、ベイブレードなどを用意しておきました。

処理の仕方は、やや継次的でしたが、認知面に大きな偏りはなく、きっとここで時間をかければかけるほど、多くのことを吸収していける、大変教えやすいタイプのお子さんのように見受けられました。


最初はやはり、かなり緊張ぎみでしたが、すごろくゲームからいきなり、生き生きと学習に取り組んでいくことができました。

お話が好き、ということを聞いていましたので、言語系のプロンプト(支援)を中心に考えていました。 漢字の書き順には、不正確な部分もありましたので、聴覚性の支援を軽く入れると、すぐにルートがつながりました。本当にやりやすいお子さんで、すぐに成果となって反応が返ってきます。

繰り上がり・繰り下がり系の計算は苦手なようですが、継次性の支援を添えると、すぐにクリアできます。 この調子なら、どんどん吸収できるように思われました。


一番気になったのは、指導開始直後にポケットから取り出したタオルハンカチです。 たくや君は、いきなりそれを口にあて始めました。

移行対象としての、愛着行動です。 君は今、新しい世界へ飛び出そうとする、その移行期にいるんだね、いい時期にここに来たね、と私は感じました。


この教室を、この子が巣立っていくための大切な場所にしてやらなければならない・・・


指導の最後には、パソコンの 「社会=昔の道具(3年)」を選択しました。

お母さんから、ポケモンが好きと聞いていたので、最後の強化子はこれしかない、と判断しました。

内容は、くまニンといういたずら好きのキャラクターが巻物をもって逃走し、昔の民家に逃げ込んだところへ、様々な問題をクリアしながら、捕まえるという設定の学習ソフトです。


やり始めると、予想通り、完璧にはまっていました。 最初は小さい声しか出ていませんでしたが、このころになると、結構大きな声も出るようになりました。 最後にくまニンを見事に捕まえて、ゲームをクリアした時には、来たときとは全然違う表情になっていました。

(注目していたハンカチタオルは、この時は、どっかに行っていました。 内面の世界から、リアルな世界へと移行しているサイン、だと私は感じていました)


こうして1回目のこの教室での90分のセッションは終わりました。

このことが彼の生活にどんな変化をもたらすか? 


たくや君は、2週間後にまたこの教室にやってくる予定です。 今日の指導が何かのきっかけになっていれば、と期待せずにはいられません。

ケースによって一概には言えませんが、子どもの心を育むことと、環境を構成することで、支援の8割は決まると私は考えています。 テクニカルなことも重要ですが、私の中ではそれは2割位の比重になっています。

どんなにテクニカルなことを工夫しても、ファンダメンタルな心の部分が揺らいでいては、結局積み上げは効かないと体験的に感じているからです。


今度は私が、ドキドキする番です。 

2週間後、元気な顔でまた来てね。

私はずっとずっと、たくや君とお母さんの後ろ姿を見送るのでありました・・・

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WICS-Ⅲなんかには絶対に表れない ほとばしる子どものやる気とその可能性

 2008-11-13
昨日、イチロー君の2回目の指導がありました。 

イチロー君との指導を開始する前に、事前にご両親といろいろと相談を伺いました。

その折りには、WISC-Ⅲの検査結果も見せていただきました。  

ふむふむ、言語理解・・・・ 知覚統合・・・・  注意記憶・・・・  処理速度・・・・

なるほど~ ありがとうございました。 参考にさせていただきます。 それで終わりです。


ところが、そのあとおばあちゃんが、その育ちを記録したイチローノートというものを見せていただきました。

これには正直驚きました。 1歳のころからのイチロー君の育ちの歩みが、おばあちゃんの言葉で、時にはイラストやエピソードを交えながら綿々と綴られています。

私は、このイチローノートは、何度も何度も繰り返し目を通しました。


私は、上野一彦ら編の「軽度発達障害の心理アセスメント WISC-Ⅲの上手な利用と事例」 という本をいつも手元に置いており、時々参考にさせていただいています。

でも、直接指導に当たることが可能な場合は、具体的な指導の場面でその子にかかわった方が、WISC-Ⅲの数値を見るより、よっぽど立体的に子どもの姿や課題をとらえることができます。

なぜなら統制された環境の中で行われるWISC-Ⅲの数値と、現実のリアルな環境の中で行われる指導との間には、相当な距離があり、私はその間をうめるだけの力量を持ち合わせていないからです。

WISC-Ⅲの検査のできるセラピストさんは、たくさんいると思います。 しかし、その数値から、現実場面の指導を具体的に組み立てる力をお持ちの方がいらっしゃったら、ぜひお目にかかって、ご指導を仰ぎたいと思います。

今の私の力では、そんなことは到底できません。


昨日は、2回目の指導でしたので、おばあちゃんにコピーさせていただいたイチローノートと、1回目にイチロー君といっしょに取り組んだお試し課題をもとに、新しい課題を作ってお宅におじゃましました。

この日は

① お約束の「恐竜図鑑」の話をイチロー君から聞く
② 国語の森の読解教材を、予備刺激として、イチロー君といっしょに読む
③ 算数プリント (継次的に処理可能な教材)
④ 漢字カード(この日は予備刺激で読むだけ)
⑤ パソコン(数の認知にかかわる視覚的なもの)
⑥ ベイブレード(勝敗理解・余暇の充実・楽しみ=強化子)

と、いうメニューでしたが、はまる・はまる! その表情や態度から、「できる」「わかる」「楽しい」感がビンビン伝わってきます。

おそらくこの日は、私が事前に予想していたイチロー君の特性理解は、ほぼ完璧に当たっていたと思います。(毎回こうでは、ありませんよ、この日はたまたまです)

だから、例えは適切ではないと思いますが、のどが乾いていた生き物に水を与えたように、イチロー君は、次々と課題を吸収していったのではないかと思います。

私も、楽しくて楽しくて、ちょっと興奮気味でした。 

指導が終わると、イチロー君は超ハイテンションで、冬空の元、道路でぴょんぴょんはね回って私を見送ってくれました。

後で、ご家族からいただいたメールには、「この日は、それまでおばあちゃんといっしょに1時間かかっていた宿題を、自分だけで10分で済ませてしまい、時間割も自分でしていました・・ 先生との時間が相乗効果を生んでいるようです・・」と書かれていました。


これはね、私ではなくて、おばあちゃんの力ですよ・・

お孫さんのために、おじいちゃんと毎日、お寺で拝んでいたんでしょ・・

WISC-Ⅲより、何倍も汎用性の高い質的なデータをイチローノートにずっと綴ってきたのは、おばあちゃんじゃありませんか? このイチローノートがなければ、この日の私の指導は、決して構成できませんでしたよ。

それに、そのおばあちゃんの真心が、お母さんに伝わり、そのお母さんがあの日、たまたまお母さんの学校に巡回相談でおじゃました私に、声をかけてくださる結果につながったのでありませんか?


現実の子どもを取りまく状況は、こんなふうに動いているわけであって、そのすべてをWISC-Ⅲで切り取れるわけじゃあありません。

私は、WISC-Ⅲに限らず、いろいろな検査自体を否定しているわけではありません。 でも、それがあたかも絶対のものであるかのように扱われがちな現実には、強い抵抗感をもっています。

尊敬する偉大な上野先生のWISC-Ⅲの解釈の本のどこを読んでも、強化子(ごほうび)にベイブレード(おもちゃのコマ)がよい、なんてことにはたどりつきません。

これは、私のとイチロー君とのストーリーの中だからこそ、生まれてくるものです。

きっと今頃、イチロー君は、「来週の水曜日に、SHINOBU先生とベイブレードするのが楽しみだ」 と思っているに違いありません。 絶対です。 なぜなら、私も楽しみで仕方ないからです。 

来週は、イチロー君の学校に巡回相談に行くのです。 こんな巡り合わせを奇跡と呼ばずして、何と呼んだらいいのでしょうか?

これが、私とイチロー君とのストーリーなのです。


このイチロー君の、ほとばしるようなやる気は、数値では説明できませんよね。

向き合うべきはリアルな子どもの姿であって、決して数値ではないのです。 数値より、イチローノートの言葉、あるいは日常の教育や保育のエピソードに、大切なことが含まれていることの方が多いと思うのです。

そのスタンスをがっちり固めた方こそ、諸検査の数値を解釈する資格があるのだと思います。

帰る間際に、そのおばあちゃんがみせてくれた「カブトガニの手作り模型」 イチロー君が、セロテープやつまようじを使って、自分で作った物です。 何という精巧さ。 まさに天才です。 私がどんなにがんばっても、こんな精緻なものはできません。

これWISC-Ⅲの下位検査のどこを見たら、数値化されているのでしょうか???


私くらいの年齢の方なら覚えている方も多いと思いますが、昔カップヌードルのCMソングに、こんなのがありました。(30年以上前のかなり曖昧な記憶ですが・・)

♪ 常識っていう奴と おさらばした時に 自由という名の 切符が手に入る
   古ぼけた頭には 曇りが来てるから 不自由という名の 眼鏡に困ってる

  OH ハッピーじゃないか~ OH ハッピーカップ OH MY ハッピーカップ
  OH ハッピーじゃないか~ MY カップヌードル ♪


すばらしいWISC-Ⅲの尺度や客観性を、決して 「不自由な眼鏡」 にしてほしくないと、私は思っているのです。

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子どものプラスイメージを育む 生活や学習の支援

 2008-08-21
来週は、ある自治体の「手をつなぐ育成会」で、講演をさせていただく予定になっています。

今回は、学校関係者だけでなく、民生委員・町内会長・愛育委員・婦人会・福祉課長・文教厚生関係の議員さんなど、この地域を中心となって支えておられる方の研修会ということで、そういった方々の目にどんなふうに映っていくのか、ある意味、興味深いものがあります。

前回は、学校の先生方の研修会でしたので、同じベースで話をすることがで、先日皆さん方のアンケートを送付していただきましたが、私が期待したものより、かなりよい感想をいただき、とてもうれしく思いました。

今回も、テクニックで勝負しようとはまるっきり考えていないので、このブログでお伝えしているような、ありのままの思いを、ダイレクトに語っていくスタイルは、変えないでおこうと思います。

今、そのためのパワーポイントを作っている真っ最中なのですが、内容の柱については、以下の3本にしようかな、と考えています。

Ⅰ 発達の課題のある子どもにとって、集団とはどのような意味をもつか? 
  (地域社会と発達課題のある子ども)
 
Ⅱ 発達の課題のある子どもに対して、指導者は何をしていくべきか? 
  (求められる指導者の専門性)
              
Ⅲ 子どもの自立と幸せのために、保護者とどう連携していくべきか?
  (保護者とのパートナーシップ) 

今回は、直接子どもの指導にあたっている学校先生の方が圧倒的に少ないので、支援・指導にかかわることは、できるだけコンパクトにしておこうと考え、そのことをまず整理してみると、以下のようになっちゃいました。

 

 
 【子どものプラスイメージを育む 生活や学習の支援】
 
 (1) すぐ ほめる (即時強化=手応え・見てわかる評価)
 (2) ちょっと待って ほめる (遅延強化=内発性を育てる)
 (3) じらして ほめる (間欠強化スケジュール)
 (4) 見え方・わかり方の特性を理解した支援・指導
      こつこつタイプ(継次処理)  /  感覚タイプ(同時処理)
 (5) 得意な方をメインにして、苦手なことを補助刺激に
               (聞く・見る・読む・書く・話す・感じる・動く・・)
 (6) 子どもにまちがえさせないエラーレス学習
 (7) 最初は支援をたっぷりに (プロンプトフェイデイング)
 (8) 最初は予告、2回目は練習、勝負は3回目から
                   (脳内ネットワークの形成を意識して)
 (9) ごほうびも段階的に(物→活動→賞賛→自己目標・自己強化)
(10) 自己の課題となる面の受け入れ (肯定的な自己理解)




子どものプラスイメージについては、語り口によって、自己肯定感であったり、セルフエスティームであったり、肯定的な自己理解であったりしますが、要は、子ども自身のイケテル感であり、このことは、発達面で課題があろうが、なかろうが、子どもが幸せに育っていくためには、なくてはならない大切なことであるという思いが、活動を重ねる度に、強くなってきたのを感じています。

この10のポイントは、ある意味、私のこの半年の活動の集大成になるかも知れません。

その一つについて語るとしても、楽に2時間くらいは、事例をもとに語ることができます(笑)

マドンナさんが伝えてださったように、10歳までの、かなり可塑性の高い時期ほど、支援・指導の手応えは感じられます。

どんな形であるにせよ、子どもの育ちに、親の支援は不可欠です。

いろいろな情報を入手して、勉強して、自分に合った、自分の子に合ったスタイルを獲得されることが望まれます。

このブロクは、このように主体的に学び・歩むご家族を、これからも真心込めて応援していきたいと考えています。

何故ならば、そのことこそが私自身のプラスイメージであり、肯定的な自己理解に他ならないと、私自身がとらえているからなのです。

これがあるから、やっていける。 これなくしては、やっていけない・・・

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子どもの感性をとらえる (時間のとらえのむずかしい子どもへの タイムタイマー使用の実践効果)

 2008-06-30
先日紹介させていただいたタイムタイマー、早速、指導に使用させていただきました。

土曜日の指導で、ちょっと学習時間が伸びてしまい、ごほうびの「おもちゃタイム」の時間がとれなくなってしまいました。

タイムタイマーの赤い部分がすっかり「0」となってしまっていたので、内緒でそっと10分延長しておこうと考え、タイムタイマーに手を伸ばすと、すかさずその子のチェックが入り、「もう、終わり」と帰り支度を始めました。

これには、私の方が驚いてしまいました。

「ごほうび、なくてもいいんだね」

ごほうびこそが、強化子になっていると思っていたのに、いつの間にか「学ぶ」ことそのものも、楽しみになっていたんだね。

この日の、小学1年生のこの子の1時間の学習メニューは

① ひらがなカードによる「命名」から「読み」への移行学習
② パソコンソフトによる数の分解の学習  「9」は「4と5」など
③ プリントによる書字と10以上の数を数える学習
④ さいころを使った100までのすごろく学習
⑤ いつものごほうび「チョロQレース」

となっていました。

①の学習は、今日から新しいステップになったので、5枚くらできればいいなと思っていましたが、どんどんとこなしてくれるので、嬉しい誤算で、調子にのって45枚全部やっちゃいました。

そのせいで、⑤の「チョロQレース」ができなくなってしまったのです。

この子にとっては、チョロQやることよりも、タイムタイマーの時間を守る方が大切なんですね。

こういう工夫、こういう子どもの感性や見え方を理解することは、とても大切だと思います。

私は1年生のとき、ノートの押してもらった五重丸の赤いはんこのことを今でも覚えています。

去年、40年ぶりの小学校の同窓会で、その先生にお会いしました。そんなこと先生は覚えているわけありませんが、私の心には、今でもその五重丸のはんこは強烈に焼き付いています。

子どもと大人は、見え方も感じ方も違います。
大人の感覚より、その子の感覚で、物事を組み立てていく方が。効果的なことも多いようです。

タイムタイマーの時間を見て、何も言わず片付けをする子どもの行動から、私たちが学ぶべき事はたくさんあるように思っています。
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子どもの意欲を引き出す第一歩  (行動レパートリーを見つけ、それを広げる)

 2008-06-29
さあこれから、子どものために何か取り組んでみようとした時に、何かそのとっかかりを何か見つけなくてはいけません。

例えば、国語は得意だけど、算数はからっきしダメだといういうお子さんがいらっしゃったとします。すると、やっぱり苦手な算数何とかしたい、と思いますよね。

親でなくとも、指導にかかわる者なら、誰しも苦手を克服させたいと思うのは、当然の願いです。

しかし、私は、あえて違う方法→つまり得意な方にまず目をつけます。

まず好きな国語に取り組ませてみて、できること・できたことをたっぷりほめます。こうしてまず、学ぶ体制づくりと、信頼関係のパイプを通します。

そして、そのできること(=このことを行動レパートリーと言います)が何なのかを見極めます。

例えば、「文字の形を識別する(漢字)のは苦手だけど、文脈の中で意味を理解する(本読み)は得意ととらえたとします。

この「本読みが得意」というのが、この子の行動レパートリーです。

じゃあ、次はこの行動レパートリーを使って、漢字学習に取り組みます。

漢字だけを見て理解するのは苦手なので、「朝」という文字だけを提示するのではなく、「はやくおきた朝」というように、少し言葉を添えたカードを作成します。

この場合、「○○○の朝」と言うように、対象とする漢字をことばの後にもってきた方が効果的です。

こうすると、この子の場合、次々と新しい漢字の読みを吸収していきました。

しかも、これを何回が繰り返していると、いつの間にか、「○○○の~」がなくても、朝がしっかり読めるようになってきます。それができたら、すかさず「すごいー」の強化を与えます。

こうしてこの子は、いつの間にかたくさんの漢字が読めるようになってきます。

この行動レパートリーこそ、この子の武器です。

この武器は、算数にだって使うことが出来ます。

この子は、図形などを形として頭の中で保持するのが苦手です。でも、形や量を思い浮かべることは苦手ですが、紙に書いた数字を見て答えることはできます。

だったら、まず、頭の中だけで操作させずに、紙に順序立てて書かせる方法で計算に取り組ませます(この方法は6/14に紹介しています)

こうすれば、これまで泣き叫んで拒絶していた計算問題を、楽々することができるようになりました。

この方法で、計算問題ができるようになったことで、パソコンソフトの計算問題に挑戦することに何の抵抗感もなくなりました。

このお子さんは、自分のやり方(継次処理)で次々と問題を解いていきます。一方で、パソコンソフトは、数の合成・分解による同時処理の方法を粛々と提示しています。

これが、図らずも二系統同時刺激になり、たくさん問題をこなしているうちに、数量感覚自体が自然にこの子に身についてきています。こちらが期待していた以上の発展的効果です

(二系統同時刺激についてはこちらのページを→二系統同時刺激

とにかく、まずは得意な方法で取り組ませてみましょう。それが、軌道に乗れば、ほとんどの場合、いつの間にか支援がなくてもできるようになり、次の課題・次のステップに移行していきます。

いきなり苦手な所に踏み込んで自滅し、一歩も先に進まなくなるより、カメの一歩でも前進する方が、案外近道ってこととくありますよね。

一歩でも・半歩でも、前に進んだ手応えこそが、子どものやる気を育てるとは思いませんか?

これは学習だけでなく、生活の改善にも適用できることです。

できることをベースにして、最初は支援たっぷり、少しずつ支援を減らし、自立できたらほめる。

この繰り返しによってこそ、子どもはやる気をもって取り組むようになるのだと、私は考えています。

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時間の感覚を視覚的に支援する (視覚優位のお子さんにぴったりのグッズ=タイムタイマー)

 2008-06-24
決めた時間があるのに、そのことがわかりにくいタイプのお子さんはいらっしゃいませんか?

そんなお子さんのために開発されたのが、この商品、タイムタイマーです。

えじそんクラブの高山さんが、推薦されていたので購入し、さっそく自閉症のお子さんの指導で使ってみましたが、効果は抜群です。ものめずらしさもあって、他の学童のみんなも、感心しきりで、くいついていました。

DSC00494.jpg
タイムタイマー

私たちはいろいろな経験を通して、すでに時間の感覚を身につけていますが、小学校低学年くらいまでは、きっと子どもたちの時間のとらえは、私たちとは少し違っていることでしょう。

数や言葉で、何時何分までとか、長い針が「9」のところまでよ、とか言っても、視覚優位のお子さんにはなかなか伝わりにくい場合があります。

その点、このタイムタイマーは、時間を量的(視覚的)にとらえることができるので、時間の感覚を育てるのには、とても有効なグッズだと思います。

使い方は、手で赤い円グラフのような部分を決めた時間分(例えば40分)広げておくと、後は何もしなくても、じわりじわりとその赤い部分が小さくなって行き、40分経てば、赤い部分がなくなってしまう、というごく簡単な仕組みです。(構造上、最大は60分まで)

なかなかデパートでも売っていないので、どんな子でも、まず興味を引きつけるのも利点のひとつかも知れません。

サイズや価格は用途によって色々あるようです。さすがに価格が高いのが欠点ですが、長期的に使用されるのでしたら、購入を検討されてはいかがでしょうか?

私が購入した時の情報を下記に添えておきますので、よろしければ参考になさってください。

①大(約30cm×30cm) アラーム音なし 6,000円
②中(約20cm×20cm) アラーム音なし 4,500円
③小(約8cm×8cm)  アラーム音なし 4,000円  (私はこれを購入しました)
④中(約20cm×20cm) アラーム音あり 5,500円
⑤小(約8cm×8cm)  アラーム音あり 5,000円

お問い合わせ NPO法人 えじそんクラブ事務局 まで  
http://www.e-club.jp/timetimer.htm

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子どもをやる気にさせるほめ方のポイント③ (自己強化へのステップ)

 2008-06-20
「しかる」という負の強化は、即効性があります。でも、身に付いたことにはならないので、子どもが顔色ばかりを見るようになったり、後でドカンと反動があったりすることが多いので、多用するのは、教育的とは言えません。

よいことを教え、できてたきちんと「ほめる」。これが教育の大原則です。

実践場面で、最初厳しい態度で接してモラルを形成し、軌道に乗り始めたら、すかさず、その子の良いところやがんばっている所をほめるようにすると、それは間欠刺激になり、一層子どもの心にはやる気やうれしさがみなぎっていきます。

厳しさと優しさのバランスは、教育のキモだと思いますが、行動分析の観点でみると、間欠強化の比率とタイミングを科学的にスケジュール化しているということも出来ます。

(わかりやすいのが、「パチンコで粘ったあげくに逆転大当たり。その味が忘れられず、何百回と通うギャンブル中毒」です。)

と、ここまでが前回までのおさらい。今日は、「物によるごほうびなくても、自分から進んでできるための工夫について考えてみようと思います。


その1は、ごほうびの質を物質的なものから社会的なものへ段階的に変化させるということです。最初は、その子の大好きなキャラクターでいいと思います。

次に、それに言葉による称揚やほほえみや頭をなぜる抱きしめるなどの人体的な要素も加えていきます。

(ただし、こちらがよかれと思っていても、子どもの喜ばない内容は無意味であったり、逆効果になったりします。)

さらにはそれに、社会的な賞賛(学校の先生にも、おじいちゃんいも、地域の人にも、クラスのみんなからもほめられる)

こんなふうに回転していったら、いつの間にか、きっかけだったキャラクターそのもはどうでもよくなっていきます。(すべての子が、簡単にそうなるとは言えませんが・・)


その2は、ほめるタイミングや指示するタイミングをちょっとずつ延ばす(がまんする)ということです。

この辺は、上級編だと思うので、子どもの空気を読めないレベルでは、実用はむずかしいかもしれません。

でも、ポイントは、言われてしたのではなく、「自分からした・進んでした」という場を意図的に仕組んで、そこですかさずほめるということです。

「言われなくてもできるんだね」「ごほうびなくてもできるんだね」と、自主的・主体的な行動そのものを強化する(ほめる)方法です。

「自分からしたら、こんなにもほめられるんだ」という快感を、子どもに味合わせてあげましょう。


その3は、別な場所で適用(般化)できたら、ほめるという方法です。

家で出来ても、学校で出来ない。その場ではわかっていても、ついついやってしまう。そんなことは、日常山ほどありますよね。

でも、きちんと教え続け、いつもとは別の場面でもできたとき、あるいはできそうになったときに、ちゃんと強化して(ほめて)やると、学習したことが、いろいろな場面で使えるようになっていきます。このレベルになれば、言われてするレベルから、進んでできるレベルへのステップへ移行したとも言えるでしょう。


その4は、向上している自分・成長している自分の姿をとらえさせると言うことです。

心理学の用語では、メタ認知とかセルフモニタリングという用語が使われたりします。

その方法には、がんばり表・写真・成績表・ファイル・ビデオ・作った作品など、その子が一番わかりやすく手応えのあるものが一番だと思います。

私が今、指導しているお子さんの一人は、「先生といっしょに勉強して、ファイルにこんなにいっぱいプリントがたまりました。私は、ときどきこれを見て、よくがんばったなーってうれしくなることがあります。最初の時、先生がくれた「先生の自己紹介」のプリント、何度も何度も見てるよ」と、可愛いこと言ってくれます。

その子にとっても、私にとっても、このファイルはとても大切な宝物です。だれにもらったものではなく、私たち自身の、私たちだけのごほうびになっています。

このファイルは、私たちの成長と向上を映す鏡になっています。

別の誰かにほめられたいということではなくて、私たちの成長と向上は、そのこと自体が手応えであり、はげみであり、ごほうびです。

こうしたものを利用して、子どもが自分自身で、成長していくことができれば、すばらしいことです。


私は、自分の夢や目標を実現していくための大切なステップとして、このブログを書いています。

HIT数が増えたり、コメントやメールをいただくと、本当に嬉しいしはげみになります。(連続強化・即時強化)

HIT数が少なくなったり、ご批判をいただくとへこみみます。ます、そんなときに、「ブログを読んで、元気がでました、ありがとうございました」という書き込みがあると、涙が出るほど感激します。 よし、どんなに苦しくても、夢がかなうそのときまでブログは続けよう、と決心を新たにします。(間欠強化)

そして、時々、このブログを始めたばかりの記事を読んでみます。

ずいぶん変わったなと思うと同時に、自分の歩みがとてもいとおしく思えるときがあります。自分をほめたいような瞬間です。(自己強化)

やる気、という切り口で自分のブログを振り返ると、このような感じになるのでしょうか?

子どもをやる気にさせるほめ方のポイントシリーズは、これで終了です。少しでもお子さんの「学び」や「成長」の参考にしていただければ、ますます私はやる気になっていきます。(笑)



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子どもをやる気にさせるほめ方のポイント ② (間欠強化)

 2008-06-14
今日は、子どものほめ方中級編 「間欠強化」 のテクニックの紹介です。

間欠強化について、よく紹介されるのが、ギャンブルと恋愛です。要は「人間がはまっちゃう心理のメカニズム」です。これは、何も人間だけでなく、チンパンジーなどの動物実験でも、しっかりと証明されています。

例えはよくないのですが、お金めあてだったり、利用されているのを薄々感じていながら、ヤクザやホストのお兄さんにいいようにされている女性の方がいたとしたら、きっと、少なからずこの間欠強化の影響を受けているのではないかと考えられます。

初めはやさしかった。すごく楽しかった。でも、しばらくしたら急に冷たくなった。

飽きられた?最初から、遊びだった?明日は、誕生日だけど、何の連絡もない。きっともう、相手にされなくなったのだと、あきらめ始める。

誕生日、夜11時59分。あと1分で誕生日も終わる。ちょうどその時、不意にマンションのドアのチャムが鳴る。チェーン越しにドアを開けると、抱えきれないほど大きな花束を持った彼が、汗びっしょりで立っている。

「ごめん。間に合ったかな」
「忘れていたと、思っていた・・」
「ばかだな。忘れるわけないだろ・・誕生日おめでとう・・」

毎日「好きだ」「好きだ」と連続強化するより、こんな形で、いいタイミングで、鮮やかにやられる方が、そのインパクトは強烈です。

ギャンブルでも、一度大勝ちすると、そのことが忘れられず、100回でも200回でも、やり続ける人がいます。

その期間が長すぎたり、じらしすぎたりするとて、「何を今さら・・」となる場合もありますし、こっちがしびれを切らしたときには、相手の方は、「あ、ありがと」程度にしか感じないこともあります。

ポイントは、「ちょっとじらして、その分強烈に鮮やかに!」です。

学級の担任の先生も、意識しているかどうかは別ですが、指導力のある先生は、上手に間欠強化を利用しています。

学級の規律やモラルを厳しく指導する。

「この先生、怖いかも知れない、」

そう不安に思い始めたタイミングで、鮮やかに「あなたは、先生の大切な子ども」というメッセージをその子に送ると、子どもはイチコロです。

これは、指導に自信があってこそできる芸当です。指導力がなければ、不信感を招きますから。

しかし、担任は年によって替わりますが、お母さんは、お子さんにとって唯一無二の特別な存在です。指導に自信なんてなくていいんです。

あってほしいのは、お母さん自身の幸せ感です。この幸せ感さえあれば、時には厳しいしつけも可能です。そして、その厳しいしつけの中に、この間欠強化を鮮やかに組み込めば、完璧です。

もちろん、現実は筋書き通りにはいきませんよ。

でも、「突き放してばかり」では子どもは折れる、「べたべたほめる」だけでは、効果はそこそこ、ということを知っておくことも、大切です。

厳しい中の、やさしさ  

そのことが、心理学の実験でも、科学的に実証されていることを、知っていただければ、何かのお役に立てるのではないかと思います。



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親のセルフエスティーム(自尊感情)が 子どもに伝わるとき (「学び」と「育ち」を支える大切な要素)

 2008-06-14
今朝の事ですが、浪速の女芸人として一世を風靡したミヤコ蝶々さんの在りし日のインタビューが放映されていました。

何気なくそれを見ていました。

彼女は、お父さんが駆け落ちした芸者さんを継母として、東京から関西に移り、幼少から旅芸人としての人生を歩み始めたようです。

この継母がたいへん厳しい人だったようで、ことある度に、三味線のばちで子どもをたたき、継子いじめ(今では児童虐待?)と周囲から、何度も言われていたようです。

それは、きびしい修行だったようです。

でも、蝶々さんは、ちっともぐれたり横道にそれたりは、しなかったというのです。

「継母が、ばちで私をたたく時、継母は、いつも目に涙を浮かべていた。子どもというのは、そういう気持ちは、ものすごく敏感に感じるもので、だから私は、一度として恨んだり、ぐれたりすることはなかった・・」

古い映像の一コマでしたが、見ている私の胸にも、熱い物がこみ上げてきました。

前にもお伝えしたことですが、発達の課題のあるお子さんをお育てになったベテランのお母さん方は、多くの方が明るく、そして輝いていらっしゃいます。

きっとそれは、何度も自分を責め、苦しんだ中から、遠くに見えるかすかな光を見つけ、懸命に歩まれてきたからなのでしょう。

母が揺れたら、子どもはもっと揺れます。

学校の先生も、専門機関の先生も、かかわるのはほんのわずかな期間だけです。3年もすれば、担当は、当たり前のように変わっていきます。そして、次の先生は、同じように見えても、言ってることは微妙に違います。この微妙な違いの中に、実は根本的な理念の違いが反映されているのです。

だったら誰を信じたらいいのか?

それは、苦しいけど、自分自身以外にはありえません。

だから私は、直接の子どもの指導も大切だけど、そのご家庭、とりわけお母さんに、それを乗りこえる力をつけていただくことが重要だと考えています。

お母さんの幸せなくして、お子さんの幸せはありません。

そして、幸せというものはある「状態」をさす物ではなく、心のありようをさす言葉です。

例えはよくありませんが、高級クラブで十万円使うより、我が家の娘に発泡酒ついでもらう方が幸せに感じる場合があります。(その逆も、あるかも知れません=笑)

要は、状態ではなく、感じ方、あるいは価値観の問題です。もののねうちの感覚です。

つまり精神性の高さが、幸せにつながり、自分が好きになれる(自尊感情の高い)状態になれるのです。

そのためには、とうするか?

それには、まず強い意志・決心・覚悟、それから研鑽と努力、そして支える家族・仲間・指導者ということになるでしょうか?

そりゃ、へこむことの方が多いかも知れませんし、簡単なことじゃないかも知れません。

でも、やったことは、やっただけは、ダイレクトに子どもに響きますよ。

蝶々さんじゃないけど、言葉で表現できにくかったり、評価の尺度とか手応えとかがなくて、苦しい時があるかもしれないけど、実は、お子さんはそのことを感じ取っていますよ。

だって、小さいときに、お母さんに見捨てられることは、自分の命を見捨てられることですから、嗅覚は敏感です。すべての意識は、そのことに集中しています。

それだけ、お母さんという存在は、他では替えることのできない大切な存在です。

(私は、もうすぐ50歳になりますが、5歳で母と生き別れたこと、まだ引きずってますよ。恥ずかしながら・・ そんなものです。)

もしお子さんの発達に課題があったら、なおさらです。

これだけ、ダイレクトに響くのなら、お母さん、へこんでばかりじゃだめですよ。

(時には仕方がありませんが・・)

お母さんが幸せ感オーラを出せば、子どもは安定します。可能性もうんと膨らみます。

もしかしたら、幸せというのは、向こうから勝手にやってくるものではなくて、自分で、自分の心をコーディネートしていくものなのかも知れませんね。



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子どもをやる気にさせる ほめ方のポイント ① (連続強化・間欠強化・自己強化)

 2008-06-13
子どもの問題行動を軽減するにも、勉強や課題に進んで取り組むようにさせるのにも、武器となるのはただ一つ、「子どもをほめる」の一言です。

指導力のある先生、すばらしいお母さん、共通するのは、ほめ上手。

しかし、このほめ方には、ちょっとしたテクニックがあります。

まず、基本中の基本は、連続強化。よい反応がおこる度に、適切にほめる方法です。

しかし、実際にはほめるの下手な人はいます。いわゆるKY(空気読めない)の人です。子どもは残酷な一面をもっていますので、気の毒ですが、このタイプの人の指示には従わなくなっていきます。

例えば、タイミングがずれたり、わざとらしい・大げさ・くどいタイプのほめ方では、子どもはドン引きしてしまいます。

昨日、ある子が、なかなか宿題に取り組まないでいました。私は、別な子の宿題を見ていました。私は横目で彼の行動をとらえていましたが、彼の目からは「ぼくにもかまってビーム」がぎんぎんに出ていました。彼にとっては、私の男性的なかかわりが魅力のようです。そのことが強化子(ごほうび)になっているのです。

私が別な子の指導している間は、その子は私の視線の端々で、いろいろとやってくれています。

でも、、女性の指導員は、そのことに気がついていません。

「さあ、今度は○○ちゃんに!」と、思った瞬間、その指導員は、「○○ちゃん、まだ宿題できてないがー」と、大きな声で、身も蓋もない言い方で言い放ちます。

「宿題、持ってきなさいー」

男の子は、逃げ回っています。ちょっと、まずいパターンになりました。

これは、この子が、「問題行動によって、自分への注目を得る」という快刺激獲得のパターンです。

別な子の指導が終わり、その子の所へ行って、「先生といっしょに宿題しようか?」と言うと、素直に「うん」とは言いません。

「ごめんね。じゃあランドセルはどこにあるの?」と言うと、顔は横を向いていますが、指はしっかりランドセルの方向を指しています。

私は、ランドセルの中から、プリントを2枚取り出すし、

「じゃあこれ、お迎えの時に、たたみの部屋で、先生といっしょにしようか?」と言うと、男の子は大きくうなずきました、そして、その時間が来ると、一番に部屋を飛び出し、たたみの部屋にやってきたのでした。

もちろん、宿題はスイスイで、あっという間にできました。その時間は、わずか10分といったところでしょうか?彼には、この10分を、何より求めていたということになります。

この子の問題行動を回避するためには、まず先に、この子への個別指導をすればよかったということになります。

(現実場面は、経過通りに行かないことも多いです。ですがこの教訓は、必ず次につなげます)

ほめるという行為は、ある行動に対して、強化子(ごほうび)を与えて、次につなげる方法です。しかし、指導者はほめているつもりであっても、それを本人が求めていないものであれば、ちっとも強化にはなりません。

空気を読むということは、言い換えれば、子どもにとっての一番の強化子(ごほうび)が何かをとらえる判断力のことを指します。

この強化子は、何も物だけではありません。時にはそれが、ほほえみであったり、言葉であったり、まなざしであったりします。「応用行動分析=物でつる」のイメージはは、あまりにも浅はかで、短絡な思いこみに過ぎません。(最終的に目指すのは、自己強化ですから)

また、だれかがほめて満足している時に、それにかぶせて大げさにほめると、逆効果になります。くどいと辟易しますし、行為に対して即時に強化していないので、二番煎じでほめた(強化した)と思うのは危険です。

連続強化は、即時強化が原則です。タイミングというか、旬を逃したら、無意味です。要は、そこにある指導観が問われることになるのです。

それが出来ないのは、勉強不足ですので、目標とする行動・子どもの実態・評価のタイミング・方法などが、本物(=自分らしいもの)になるよう紙にでも書いて、整理してみるのも良いかも知れません。

子どものしっぽさえつかめば、結構楽しいですよ。

次回は、中級編ということで、「間欠強化」を中心に紹介をさせていただこうと考えています。



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子どもの行動の変容につながる ほめ方のポイント

 2008-06-03
小学校の教員をしていた時に、「しかる」と「ほめる」を、私は次のように区別をしていました。

まず、何が何でもすぐにそのことを制止しなければならないときは、当たり前のことですが、迷うことなく「しかる」を使います。

「しかる」には、即効性があります。しかし、ふだん怒らない先生が怒ると効果はてきめんですが、そうでない場合は、安易に使えば使うほど、効果は薄くなるばかりか、様々なネガティブな副作用を引き起こします。しまいにはいくら怒っても言うことを聞かない状態、つまり学級崩壊につながっていきます。「しかる」とは、そういうことです。

逆に、「ほめる」には、しかるのような即効性はありませんが、どんどん積み上げがききます。ビタミン剤のようにじわりじわりと効いていき、いつの間にか、すばらしい子ども、すばらしいクラスに成長していきます。

このほめ方こそが、指導者の力量が問われるところです。

ピントはずれ、大げさすぎ、期待していたのにほめられない、先生の都合でほめたり・ほめなかったり、ひいき、不公平などであっては、ほめること自体が子どもの強化子(ごほうび)になりませんから、またやってみたいとう達成動機にはつながりません。

できる!をのばす 行動と学習の支援」では、適切な行動を増やす後続刺激の与え方として、次の7つをあげています。

(1)ことばでほめる (2)注目をあたえる (3)みんなの前でほめる (4)好きな活動を許可する (5)自己評価が得られる句風をする (6)達成感を与える (7)連帯感をもたせる

発達の課題があるお子さんの場合、どんなことをすればいいのかを、先行刺激としてわかりやすく提示したり、寄り添って教えたりすることも重要です。

そして、一度、それを実行して良かったと感じるようになれば、タイミング良く適切な方法で評価(「ほめる」)を行います。このシステム=サイクルが形成されていけば、どんどんと積み上げができていきます。

子どもによって、(1)~(7)のどのほめ方が一番強い強化子になるかは様々ですが、学校教育の場では、みんなの前でほめるは、特別の効果があります。また、子どもによっては、シールやがんばり表が特別な意味を持って自己評価や達成感を高める場合があります。また、グループ内で仕事を分担し足り、みんなと共通のの目標やゴールをクリアすることも、特別な効果があります。

このように、「ほめる」方法は多種多様で、いくらでも発展性があります。

まずは、どうやったら「ほめる」ことができるか、そのことを軸にして、活動を構成するのもひとつの方法かも知れません。

「ほめる」の与え方のポイントは、すぐに、具体的に、はっきりわかるように、そしてちょっとうれしいサプライズがあるというように多様性があることです。

でも、こんな工夫なら、苦にはなりませんよね。

特別支援教育が本当のインクルージョンへと進化し、すべての子どもが生き生きと学び育つためには、こうした応用行動分析の手法を生かした指導の改善は、重要だと考えます。

そして、このことはきっとご家庭でのお子さんへのかかわりにも参考になるのではないかと考えています。



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子どもが勉強がいやになる時

 2008-05-06
先日、学童保育で来ている小学生の勉強の様子を見ていると、おもしろいことに気がつきました。

それまで、ちょっとごそごそしていた子どもたちが、勉強タイムになると、結構顔つきが変わり、真剣に取り組み始めたのです。

1年生~3年生がほとんでなのですが、どの子も漢字ドリルや算数プリントに一生懸命取り組んでいます。

児童はいろいろな小学校に所属しており、だれができるとかできないとかも関係なく、勉強自体をそれぞれが楽しんでいるように見えて、ほほえましかったです。みんな勉強したいんだなって、感じることができた瞬間です。

以前、小学校の教室で全然勉強しなかった6年生の勉強を指導したことがあります。最初は抵抗感がありましたが、2年生の長さ調べあたりの内容をその子にアレンジして示すと、おもしろいように意欲的に勉強し始めた体験があります。

この私も、英語を学ぶとき、すごいレベルの教室に一人だけ入れられたら、そりゃあやる気を失います。自分の頭の上で、ネイティブの会話が飛び交ってついていけないとしたら、せっかくの決心も揺らいでしまうこともあって当然です。

しかし、本当はどんなレベルであっても、学ぶことそのものの価値は同じであると私は思うのです。私の行っている英会話スクールでは、ご高齢の方がそれぞれのレベルでで学ばれている姿を拝見します。私は、超がつくほどの初級コースからスタートしましたから、それぞれのレベルでいろいろな方と巡り会ってきました。それは本当に尊いこと、すばらしいことで、ただただ頭の下がる思いです。

ある時、ちょっと上のレベルになったとき、メンバーの人が何を言っているのかわからない時がありました。学費を先払いしているのでやめるにやめられず、相当悩んだときがありました。そのとき、カウンセリングの先生が、「ここは誰もが苦しむひとつの壁になっています。しばらくは、リスニングだけに焦点を当てて、マンツーマンレッスンを受けてみるのもいいかも知れません」とアドバイスをしてくれました。

やめてポイントを捨てるよりはまし、と判断し、マンツーマンレッスンを10回くらい受けましたが、何とか少しずつ自信を取り戻し、その後今日までレッスンを続けることができています。

学び方は100人いれば100通り、すべての子どもが完全習得学習で次のステップへ進むことができればそれでよいのですが、そうでない場合は、一定の個別対応は必要です。

少人数指導とか習熟度別クラスとかいろいろな試みがされています。しかし、根本がそのままで小手先だけ代えても、すぐに結果がでるとは限りません。

教育のユニバーサルデザインという発想がありますが、すべての子どもが自分の個性と能力に応じて、自分で目標を決めたり、自分で進んで学んでいくような、そんなシステムができないものかと考えてしまいます。

いっしょうけんめい学びたいという、それはけなげで大切な子どもの思いを、私たちは決して踏みにじってはいけない、そう私は思っています。



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子どもがやる気になるとき(内発性の動機づけ)

 2008-04-17
今年度から、特別支援学級での勉強を開始されたあるお子さんのお母さんが「わたしのいない間に、(通常学級での)勉強がすごく進んでいる・・・」というお子さんの声を伝えてくださいました。

そのお子さんは、本読みがとてもじょうずで、私にも何度も聞かせてくれていました。「ずっとずっと だいすきだよ」の時は、聞いているこちらが、涙ぐんでしまったほど上手です。

このお子さんにとっては、本読みこそが、勉強したいこと。いわゆる「学びの原点」です。

これまで数回の個別指導では、少し正確さに欠ける漢字の「書き」を意識した指導を行ってきました。が、このお便りを受けて、これからは、「読み」をこの子の最大の武器に育て、本読みはかせに育てあげようと考えました。

1年の漢字カードの勉強は、おもしろいようにくいついて来ましたので、その2年生版を作ればいいわけです。幸いなことに、お母さんが「SHINOBU先生の宿題だと、なぜかがんばる」とおっしゃってくださっていましたので、その可能性は無限です。

私は3月にTOEIC(英語の検定試験みたいなものです。ご存知でしょうが)の5回目の試験を受けました。あまり手応えはなかったのですが、今回は495点でした。

今回の目標がCランク(470~730 日常生活のニーズを充足し、限定された範囲内では業務上のコミュニケーションができるランク)突入でしたので、まずまずの結果でうれしかったです。次回はは550点をめざしてがんばろうという気になりました。任天堂のDSで「英語漬け」の毎日です。力が入ります。(笑)

子どもも大人もやる気になるのは、学びの手応えを感じたときです。その達成感が「勉強がおもしろい」につながるわけです。

この子はかなり読めるし、何よりも本が好きなので、楽しみです。やりがいがあります。ひとつ得意なことができると、意外なほどの波及効果もありますし。



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Author:SHINOBU
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